私の子育て支援 vol.2(p30)

2015年6月25日

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必要とされる支援が、必要な人に届くように


広場を利用するママと談笑する河原さん。「子どもは、ただいるだけで、周囲を明るくしてくれます」。

発足時に起きた悲しい事件

河原さんには忘れられない事件があります。2002年、全国でも初めてとなる「保育サポータークラブかもママ」を仲間と発足させてすぐのことでした。加賀市の警察官舎で母子3人の無理心中事件が起こりました。社会的な子育て支援の機運も高まり、活動もこれからというときで、河原さんもご主人が警察官だったこともあり、この母親の苦悩を我がことのように感じたそうです。「私は周囲の人に助けてもらった。(支援活動は)その恩返し。SOSを出したときに、手をつないでくれた人のことって、人は決して忘れないから」。
 2005年にNPO法人化したかもママは現在、8人のスタッフで広場を運営しています。多胎児、発達障害児、ひとり親などのほか、64名の提供会員による一時預かり・送迎など幅広い支援活動を行っています。河原さんは「『必要』が目に見えるから、それに向き合っているだけ」と言います。広場を設立した13年前は「遊んでいる専業主婦に、どうして遊び場を作る必要がある」「ただの甘やかしじゃないか」と批判を浴びた活動は、今はますますママの「心の拠り所」として欠かせない存在です。

先輩ママによる
家庭訪問型の支援

かもママでは、ママから一時預かりの依頼を受け、サポーターを派遣する加賀市のファミリーサポートセンター事業を請け負っています。また5年前から「必要な支援」を届けるための方法として、先輩ママによる家庭訪問を始めました。原則4回の訪問で、ママの不安や悩みの解消を目指します。「広場では話せないことも、自宅ならということもある。話を聞いていると、ママの表情が目に見えて明るくなっていくのはうれしいですね」。

いつかはかもママが
なくなるように

 河原さんは「子どもとどのように関わったら良いか分からない」というママが、増えているように感じています。これまで当たり前だった関わり方、赤ちゃんの顔を見ながら「あやす」「話しかける」「体をくすぐる」が、少なくなくなったのではないか。親から子、家族、地域などで代々受け継がれていたものがぷっつり切れて、真似るモデルもいなくなったのかもしれない。
 河原さんは今年度、若年層のママの就労支援にも力を入れたいと考えています。仕事に就けず「SOS」を出している10代のママたちは少なくありません。「いつか、子育て家族を地域全体で支えられるようになり、かもママのサポートがいらなくなることが夢」。その日が来ることを願いながら、河原さんは駆け回っています。

NPO法人かもママ

加賀市で、一時預かりや送迎、2カ所の広場「子育て広場まんま、ぷくぷく広場まんま」の運営を行う。
2012年から家庭訪問型支援「ホームスタートかが」を立ち上げ、今年度は14件の家庭を訪問支援。

河原 廣子さん

河原 廣子さん

実家の両親の世話のため、2001年に歯科衛生士として17年間、勤めていた金沢市内の歯科医院をやめ、加賀市へ戻ったのを機に、子どもに関わる活動がしたいと育児サポーターの養成講座を受講。NPO法人かもママを立ち上げ、一時預かりや子育て広場を運営。「我が子もどの子も一緒」。お子さんは4人。